「ねえちゃん、ホテル行こうよ」

 

外へ出た。

 

出会った時間が21時.いると思わなかったので遅めの時間を設定していました。

 

今、時計は0時すぎを差しています。

 

当然モノレールはすでに終了。

 

タクシーで新橋の駅まで行けば、終電に間に合うかもしれませんでした。

 

大通りに出て、タクシーを止めます。

 

なかなか、タクシーを捕まえることができません。

それに雨まで振り出す始末。

傘もっていません。

最悪。

 

ビルの軒下に彼女を置き、お踊りで必死にタクシーを止めます。

もちろん、ずぶ濡れ。

 

ずぶ濡れになりながらなんとかタクシーを止めます。

 

彼女が濡れないようにコートで覆い、駆け足でタクシーに飛び込みます

 

「新橋駅までお願いします。」

 

当時はスマホのような便利なものはありませんでしたので、すぐに終電の時間を調べるなんてできません。実際駅に行ってみないと正確な時間を知ることはできなかったのです。

 

タクシーが新橋の駅に着き、駆け足で駅の改札まで。

 

「すでに山手線、京浜東北線ともに終了しております。」

 

駅員が答えた。

 

これじゃどうしようもない。

 

ルノアールで始発まで待つしかないな。(ルノアールは24時間営業でした。ルノアールというのは喫茶店です。学生時代よくお世話になったものです)

 

近くのルノアール探します。

外は雨です。

そんな時、ふとある看板が目に留まりました。

 

ミスタードーナッツ

 

ここも24hです。

 

駅から近いし、ここで夜を明かすことにしました。

 

雨の中、店内に駆け込みます。

 

意外と店内は混雑していていて、開いている席がありません。

こんな時間だというのに、どうしてこんなに人がたくさんいるんだ?

仕方がない、外は雨だし、あくまで待つしかない。

ドーナツが並べあるカウンター前と移動していた時、

「あたし、ドーナツたべたい」

「いいよ。なににする?」

 

何も買わずに店内にいるわけにもいかないので、当然何か購入しようとは思っていました。ところが、時間も時間だけに売り切れているものが多く陳列カウンターには数えるほどしかドーナツがありませんでした。

 

「わたし、ハニーディップがいい」

ハニーディップかい。すいません、ハニーディップ二つとコーヒー二杯ください」

「あいにく、ハニーディップは売り切れでございます」

 

よく見るとハニーディップと書かれたプレートの上には何も載っていません。

 

「ハニーディディップ、売り切れだって。今あるのは、、、、、」

「私は、ハニーディップがいいの。ハニーディップ!!ハニーディップ!!!ハニーディップ!!!!

 

彼女の大声が店内をコダマします。

 

客全員がこちらを見ます。冷たい視線です。

 

彼女は何とも思っていないようです。

 

これはたまらんと思い、ハニーディップを連呼し続ける彼女の手を引き、雨の中に逆戻り。外でも、またハニーディップを連呼しています。通行人の冷たい視線。

 

ハニーディップが食べたいの!」

 

向かい側に雨のしのげるところがあったので、手を引っ張っていって、そこまでダッシュ

 

彼女を置いて、

「分かったから。ハニーディップかってくるから、ちょっと待ってて」

 

そういって、店内に戻るとハニーディップの横に置いてあった普通のドーナツを二つ買い、袋に入れてもらい彼女のもとへ。

 

ハニーディップ買ってきたよ」

 

彼女は暗がりで手元の良く見えない中、袋に手を突っ込みドーナツをつかんで食べ始めます。こういう時、暗がりって便利なのよね。

 

 

 

「この雨じゃどうしようもないから、コンビニで傘買ってくる」

 

そういって、雨の中コンビニを探しに駆け回ります。

 

やっと一軒のファミリーマートを見つけ、ビニール傘を買います。

このままでで、どこかお店に入るとまた大騒ぎする可能性があったのでどこか近くで泊まれるシティホテルを探すことにしました。電話ボックスに駆け込み、電話帳をめくります。ホテルの項目で近くのホテルに電話をします。安いところはほとんどが満室かチョーお高い料金。新橋がダメなら近くの駅周辺はと思い、銀座とかは無理なので、お茶の水や神保町方面で探すことしました。官庁街にはホテル少ないので。

お茶の水のビジネスホテルに電話すると、

「空室御座います。セミダブルで料金は4500円です」

 

これならいける。

 

そう思い、予約を完了し彼女のもとへ戻る

 

先ほども書いたが、厳格なキリスト教の家で育ったため、婚前交渉は絶対にダメ。この規律を破ると「排斥」といってその宗教グループから追い出される。その宗教グループでの信仰の要は神から永遠の命をもらえるということ(いま考えればバカバカしいが、カルトの洗脳にはまると本当に信じてしまう)から絶たれるのである。これが最も恐ろしいことで、「排斥」は死刑宣告なのである。だから、当時30代独身で、童貞でした。

 

ラブホテルを選ばなかった理由はここにあります。

 

ビニール傘をさしながら、彼女のところへ急ぎます。

 

彼女が立っている暗がりに男がいます。

どうも動きがおかしい。

背の高い彼女のお尻を撫でているようです。

ち、痴漢?

 

「ねえちゃん、ホテル行こうよ」

彼女は割りばしのような長い指でドーナツをつまんで食べています。

透明人間みたいな感じです。表情には感情というものが全くありません。

「ねえちゃん、ホテル行こうよ。すぐそこ、ラブホテルたくさんあるからさ」

彼女は、ひたすらドーナツを食べています。

男は小男で彼女より背が低く、50代前後の眼鏡。

ちょっとくたびれたサラリーマン風で、しつこく彼女に迫っています。

もちろん、お尻をなでなでしながら。

 

普通の女性なら、声をあげるとか手を振り払うとか、嫌がるそぶりを見せるのが普通なのにそういうことは全くない。ただひたすらドーナツを食べている。おじさんがまるで幽霊であるかのように。この女の人、なんかちょっと人と違う。

 

「おまたせ。濡れた?」

 

「なんだ。男がいるのか」

そういうとおじさんは去っていきました。

 

駅前でタクシーを拾うと、お茶の水のホテルまで雨中移動。

 

ホテルでチェックインを済ませ、入室したのが午前三時近く。

始発が5時なので、2時間くらい過ごせばいい計算。

 

疲労困憊で、タイマーをセットしてそのまま床にバタンキュー。

その時、彼女がどうしていたか全く覚えていません。

 

けたたましいタイマーの音で目が覚め、ベットの彼女を起こし、

 

「今日仕事なんだろう。さあ帰ろう」

 

そのまま、ホテルを出てJRで東京駅へ。

 

別れ際に彼女が言った言葉

 

「昨日たくさんお金使ったでしょ。はい。」

 

渡されたのは5000円。

まあ、気持ちなんだろうなあ。

それとも、完全におごってもらうことに対する拒否感か。

 

「傘、もらっていくね。また会える」

 

(もう勘弁してください。)

 

 

これが、最初のデートです。

 

 

つづく